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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)1723号 判決 1960年8月31日

控訴人 債権者 西尾歳一

訴訟代理人 中村健太郎

被控訴人 債務者 西尾脩

訴訟代理人 萩原潤三 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人と被控訴人間の大阪地方裁判所昭和三一年(ヨ)第二五六九号仮処分申請事件について、同裁判所が同年一一月一九日なした仮処分決定は、これを認可する。訴訟費用第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は

一、控訴代理人において

1  本件株式(原判決末尾目録記載の株式)の譲渡については譲渡を証する書面の交付がある。すなわち、控訴人と被控訴人との間に昭和三一年三月三日作成せられた覚書(甲第三号証)は、右両者の間に存在していた紛議を解消せしめる目的をもつて第三者の仲裁とあつ旋とによつて被控訴人所有にかかる本件株式と土地を控訴人へ譲渡し、控訴人はこれに対価を支払うこととして両者の間の紛争を絶止せしめたいわゆる和解契約書であつて、右書面第四項には「被控訴人は自己所有にかかる訴外旭油業株式会社(以下旭油業と略称する)の株券全部(本件株式をも含む)を控訴人に譲渡する」趣旨の記載があり、その末尾に株主である被控訴人がこれに署名なつ印をしている書面であるから、右は商法第二〇五条第一項にいはゆる株式の譲渡を証する書面に当るものである。

もつとも世上有価証券業者の取扱う株式譲渡の場合においては印刷した株式譲渡証書に必要なる部分を補充せしめ株主がこれに署名若しくは記名なつ印して取引の用に供しているが、それは証券取引所に上場せられている市場性のある株式について行われている一の類型的処理方法であつて、それは取引の迅速と安全性の要請に基いてなされているにすぎない。この譲渡証書は株式名義書替請求の際、当該会社へ株式名義書替請求書に添えて株券と共に提出するものであるが、本件の場合の如く譲渡を証する書面を当該会社へ提出しきりにすることができない場合には原本と共にその謄本を提出しその確認を受ければ足るものである。

2  仮りに、右覚書が同条にいわゆる譲渡を証する書面に該当しないとしても、株式の譲渡は株主たる地位の譲渡すなわち株主として有する権利義務を一括して譲渡することを内容とするものであつて、株主たる地位は非個人的のものであり、株券という有価証券に化体せられているから、株式の譲渡は株券の譲渡たる面を有するものである。これを要するに株式の譲渡は、法律行為(その原因は売買・贈与の如き)による株主たる地位の承継である。記名株式の譲渡は商法第二〇五条の規定が存する関係上、多数説は、株券の裏書による方法と株券に譲渡証書を添えて交付する方法とが認められているものとなし、その他の方法のごときは認めないとする趣旨だと解している。しかし、株式も株券発行前には単なる意思表示をもつて譲渡しうること、手形上の権利も通常の債権譲渡の方法で譲渡しうること、遺贈による移転が有効に行われることから考えると、意思表示のみによる株式の譲渡も有効に行われ、株式移転の物権的効力を生ずるのである。

3  更に、株式移転について物権的効力は発生していないとするも、債権的効力を発生しているから、控訴人は被控訴人に対し株券の裏書若しくは譲渡証書の交付を請求しうるものというべく、譲受人である控訴人は譲渡人である被控訴人に対し株主権者であることの確認請求権を有する。

4  (仮処分の必要性) 控訴人は前記旭油業の代表取締役として同会社の代表権並びに業務執行権を有するもので、同会社はガソリン、重油等石油製品の販売を目的とし、本店を大阪市大淀区本庄中通一丁目一六番地に置き、営業所を同市北区葉村町五八番地に、給油所を同区南森町四五番地及び同市大淀区本庄西通一丁目三三番地にそれぞれ設置して営業している。被控訴人は訴外東宝石油株式会社の代表取締役で、同会社は旭油業と同じくガソリン、重油等石油製品の販売を目的とし本店を北区道本町三九番地に設置し、両会社は競争業関係にあるものである。そして旭油業は控訴人のいわゆる個人会社であり、東宝石油は被控訴人のいわゆる個人会社である。被控訴人がさきに旭油業の代表取締役を、ついで取締役を解任せられるにいたつて、同人は旭油業の取引先とその取引の内容に通暁していることを奇貨とし、東宝石油に拠つて旭油業の得意先を刺戟し、業務の妨害をする言動に及び、両者の関係が著しく緊張・対立するに及んで前記和解契約が成立するにいたつたのである。被控訴人は右の如く契約が成立したにもかかわらず右契約の成立を否認し従来の態度を改めないので、控訴人は本件株式について可及的速かに名義書換を経て旭油業の株主権を行使することの必要に迫られ、それを遅延するにおいては控訴人の権利の実行を困難ならしめる恐れがある。

と述べ、甲第一六号証を提出し、

二、被控訴代理人において

1  控訴人主張の覚書は、被控訴人が多年に亘り営々として設立経営し来つた旭油業会社を、その実兄である控訴人らにおいて乗つ取らんとし、不公正なる情況の下に作出せられたのであるが、右覚書は「申合」と明記し、かつ被控訴人所有の土地や株式を譲渡することを併記し、または被控訴人の取締役辞任の件をも列記せられて、その内容は複雑多岐に亘つている一片の申合に過ぎないのである。

2  記名株式の譲渡は、商法第二〇五条により、株券の裏書による譲渡、または株券に株主として表示せられた者の署名ある譲渡証書と、当該株券の添付交付なる二方式にのみ限定せられ、現在は株式の譲渡が原則として要式行為に属するが、かかる株式の譲渡は、準物権契約たる譲渡自体をいうのであつて、その原因行為たる売買・贈与等の債権契約を指すものでない。ところで、右の譲渡証書による場合には、当事者間において、所謂譲渡証書と株券との添付交付を要するのであるが、この譲渡証書は「別紙による株券裏書」とも称せられるところであつて、譲渡の対象たる株式及びその数並びにこれを単純に譲渡する旨を記載し、譲渡人たる株主がこれに署名または記名捺印することを要すること勿論である。そして、その譲受人は、一方的に右譲渡証書及び株券を会社に提出すれば会社においては、この譲渡証書を会社に保留した上、株主名簿と株券との名義書換をなし、株券のみを譲受人に返還するのが通例である。

3  本件株式一〇〇〇株に対する株式について、被控訴人より控訴人に対し、その任意適法なる引渡交付は存在せず、控訴人の占有は同人の勝手なる侵奪に由来する。すなわち、本件株券及び被控訴人所有の他人名義株式は、従来旭油業の金庫内に、一括して保管せられ、本件覚書作成当時には、同会社の親会社である訴外株式会社スタンダード石油大阪発売所に移管せられていたのにかかわらず、控訴人はこれを取戻した上、勝手に自己の手許に握り、実力行使によつて本件株券に対する被控訴人の占有を侵奪したものであるから、覚書の記載如何を問わず、株式譲渡の要件たる適法な株券の交付はないものである。現に本件以外の他人名義の株券はすでに勝手に名義書換済である。

と述べ、甲第一六号証の成立を認め

三、控訴代理人において

控訴人の本件株券の占有は控訴人の侵奪に由来するものであるとの被控訴人の主張事実を否認したほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所の事実上の認定および控訴人の仮処分申請を排斥する理由は、左記理由を附加するほか、いずれも原判決理由に説示するところと同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人は、本件当事者間に昭和三一年三月三日作成せられた覚書(甲第三号証)は、和解契約書であるが、商法第二〇五条第一項にいう譲渡を証する書面(譲渡証書)としての要件を具備しているからこれに該当すると主張するのでこの点について判断する。

昭和二五年法律第一六七号による改正商法第二〇五条第一項は、従来慣習法として判例により肯定せられていた白紙委任状に代わる制度として譲渡を証する書面(いわゆる譲渡証書)による譲渡を法定し、これに移転的効力と資格授与的効力を認めている。かような点から、同条にいう譲渡を証する書面としては、その譲渡の趣旨を具体的かつ直接的に表示した書面、詳言すれば、譲渡すべき株式を特定し、これが権利を直接(いわば物権的)に移転する意思を表示し、且つ、株券上株主として表示せられた者の署名ある書面を作成すべきものであると解すべきである。

これを本件について見るに、成立に争のない甲第三号証乙第一号証に原審における証人小川繁蔵(第一、二回とも)、松村喜美、玉垣春義、小堀六男の各証言および被控訴人西尾脩本人尋問の結果を綜合すると、控訴人と被控訴人との間に、昭和三〇年五、六月頃から旭油業株式会社の代表取締役をめぐる紛争が生じ、右会社の親会社的立場にある株式会社スタンダード石油大阪発売所代表取締役の地位にある訴外松村宇平の仲裁とあつ旋により、昭和三一年三月三日別紙記載どおりの覚書(甲第三号証と乙第一号証は同一)が作成調印せられたこと、右覚書は本件当事者間の旭油業に対する経営における指導権争いを解決するために締結せられた和解契約書であること、右書面中(第四項)に被控訴人より控訴人へ譲渡すべき株式の表示として「自己所有に係る旭油業株式会社の株券全部」との記載は存するが、これを特定するに足る記載がない事実を認めることができ、これをくつがえすに足りる疎明はない。

右認定事実に徴すると、右覚書は、他の条項と相俟つて株式を譲渡すべき債権的義務を発生せしめる記載があるにとどまり、直接に株式の権利を移転する意思表示および譲渡すべき株式の具体的表示を欠いているものと認むべきである。かように株式を譲渡すべき単なる債権的意思表示のみを記載した覚書は、商法第二〇五条第一項にいう譲渡を証する書面に該当しないというべきであるから、控訴人の右主張は採用することができない。

そうすると、控訴人の仮処分申請を排斥した原判決は正当であるから、本件控訴はこれを棄却すべく、民事訴訟法第三八四条第一項第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中正雄 裁判官 河野春吉 裁判官 本井巽)

(別紙)

覚書

旭油業株式会社の分割について同社代表取締役西尾歳一(以下甲と称す)と西尾脩(以下乙と称す)との間に左の通り申合せをなすものとす。

第一、甲は乙に対し金弐千五百万円也を一時として丈払うものとす。

但し此支払は昭和三十一年三月末迄行うものとす。

第二、甲は前項の外金壱千参百万円也を毎月一日金参拾万円也宛甲の手形を以て株式会社スタンダード石油大阪発売所に於て乙に支払うものとす。

第三、乙は自己の所有に係る大阪市北区南森町四拾五番地の弐の土地壱百五拾九坪参合参勺を甲に譲渡するものとす。

第四、乙は自己の所有に係る旭油業株式会社の株券全部を甲に譲渡するものとす。

第五、乙は直に旭油業株式会社の取締役を辞任するものとす。

附帯事項

本覚書の申合事項に依り附和三十年十一月十四日本件に関し甲乙双方取換わしたる約条書は自然消滅するものとし双方之を認諾す。

本申合せの証として此覚書四通を作成し甲乙及立会人署名調印の上各々其壱通を所有するものとす。

昭和三十一年三月三日

甲 西尾歳一<印>

乙 西尾脩<印>

立会人 松村宇平<印>

立会人 小川繁蔵<印>

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